費用対効果評価(HTA)で薬価はどれだけ下がったのか — 対象75品目の全数調査と、レケンビが開いた「薬価全体」への扉
費用対効果評価(HTA)は「効果に見合わない高額な薬の薬価を下げる制度」として語られます。ではこの制度は、実際にどれだけ薬価を下げてきたのでしょうか。
評価対象となった75品目すべてについて、公表されている価格調整の結果を集計しました。結論から言うと、引き下げが適用されたのは32品目、平均4.84%、最大でも15%です。薬価が1円も動かなかった品目も7つあります。
この「思ったより小さい」という結果には理由があります。現行制度では、調整されるのは薬価全体ではなく「加算部分」だけだからです。
そして最大の引き下げとなったレケンビ(レカネマブ)は、実はこの原則の例外でした。中医協が個別に決めた「薬価全体を対象とする」方式で調整されており、その先例がいま制度改正論議の中心になっています。
① 調査の対象と方法
集計対象は、中央社会保険医療協議会(中医協)で費用対効果評価の対象品目に指定され、国立保健医療科学院(C2H)が評価結果を公表している75件です。医薬品のほか、医療機器(経カテーテルペーシングシステム等)が3件含まれます。
価格調整率は各品目のC2H報告書および中医協資料に基づく公表値です。適用時期は2021年から2025年にわたります。
| 適用年 | 件数 |
|---|---|
| 2021年 | 8件 |
| 2022年 | 5件 |
| 2023年 | 8件 |
| 2024年 | 11件 |
| 2025年 | 9件 |
75件のうち、価格調整率が確定・公表されているのは39件です。残りは評価中(16件)、分析中断(1件)、および調整率が公表されていないものです。
② 実測結果:どれだけ下がったか
調整率が判明している39件の内訳は次のとおりです。
| 結果 | 件数 |
|---|---|
| 引き下げ | 32件 |
| 変動なし(0%) | 7件 |
| 引き上げ | 0件 |
引き下げとなった32件の分布はこうなります。
| 指標 | 値 |
|---|---|
| 平均引き下げ率 | -4.84% |
| 中央値 | -4.30% |
| 最大の引き下げ | -15.00%(レケンビ) |
| 0%を含めた39件の平均 | -3.97% |
引き下げ幅の大きい順に見ると、上位はこうなっています。
| 品目 | 引き下げ率 | ICER(集団1) | 適用 |
|---|---|---|---|
| レケンビ | -15.00% | 1,684万円/QALY | 2025年11月 |
| レクビオ | -11.00% | 721万円/QALY | 2025年11月 |
| アリケイス | -9.36% | 1,114万円/QALY | 2023年6月 |
| ソーティクツ | -8.57% | 605万円/QALY | 2024年8月 |
| ラゲブリオ | -8.20% | — | 2024年7月 |
| パドセブ | -8.19% | 2,023万円/QALY | 2023年6月 |
| ウィフガート | -7.75% | — | 2024年2月 |
| リフヌア | -7.70% | 1,757万円/QALY | 2024年11月 |
| レベスティブ | -7.08% | 12,221万円/QALY | 2023年6月 |
| ウゴービ | -5.97% | 1,822万円/QALY | 2025年11月 |
ここで奇妙なことに気づきます。ICERの悪さと引き下げ幅が対応していないのです。ICERが1億2,221万円/QALYという極端な値のレベスティブが-7.08%である一方、その7分の1程度(1,684万円/QALY)のレケンビが-15.00%と最大の下げ幅になっています。
③ 現行制度:下がるのは「加算部分」だけ
この一見ちぐはぐな結果は、価格調整の対象範囲を知ると筋が通ります。
令和8年「薬価算定の基準について」(保発0213第3号)の別表12は、価格調整の対象を次のように定めています。
類似薬効比較方式により算定された医薬品については、画期性加算、有用性加算(Ⅰ)又は有用性加算(Ⅱ)(以下「有用性系加算」という。)の加算部分割合を費用対効果評価による価格調整前の価格に乗じて得た額(以下「有用性系加算部分」という。)を価格調整対象とする。
つまり薬価の全体が調整されるのではなく、収載時に上乗せされた「加算部分」だけが調整の対象です(原価計算方式の場合は、開示度に応じて有用性系加算部分または営業利益部分が対象になります)。
引き下げの強さを決めるのが価格調整係数βで、ICERの水準ごとに定められています(総合的評価で配慮が必要とされた品目は、より緩やかな区分が適用されます)。
| ICER(万円/QALY) | 価格調整係数β | 意味 |
|---|---|---|
| 200万円未満(一定要件を満たす) | 1.25 | 引き上げ |
| 200万円未満(要件を満たさない) | 1.0 | 調整なし |
| 200万円以上 500万円未満 | 1.0 | 調整なし |
| 500万円以上 750万円未満 | 0.7 | 加算部分の30%を引き下げ |
| 750万円以上 1,000万円未満 | 0.4 | 加算部分の60%を引き下げ |
| 1,000万円以上 | 0.1 | 加算部分の90%を引き下げ |
βが最小の0.1になっても、下がるのは加算部分の90%であって薬価全体の90%ではありません。 収載時にほとんど加算を受けていない品目は、評価結果がどうであれ薬価は大きく動きません。これが実測値が数%に収まる理由です。
④ 例外だったレケンビ — 薬価全体を対象とした特別方式
では最大の引き下げとなったレケンビはどうだったのか。C2Hの評価報告書には、中医協がこの品目についてだけ別の方式を決定していたことが明記されています。
費用対効果を、より活用していく観点から、有用性系加算等を価格調整範囲とする現行の方法ではなく、以下の方法で価格調整を行う。
○ 費用対効果評価の結果、ICER が 500 万円/QALY となる価格と見直し前の価格の差額を算出し、差額の25%を調整額とする。
○ 価格が引き下げとなる場合には、調整後の価格の下限は、価格全体の 85%(調整額が価格全体の15%以下)とする。— 「レケンビに対する費用対効果評価について」令和5年12月13日 中央社会保険医療協議会(C2H評価報告書より引用)
つまりレケンビは、加算部分ではなく薬価全体を基準に調整されました。そして実際の価格を検算すると、この規定どおりの結果になっています。
| 項目 | 金額(200mg) |
|---|---|
| 調整前の薬価 | 45,777円 |
| ICERが500万円/QALYとなる薬価 | 11,663〜16,329円(分析の立場により変動) |
| 「差額の25%」で算出した場合 | 37,249〜38,415円 |
| 下限規制(価格全体の85%) | 38,910円 |
| 実際の調整後薬価 | 38,910円 |
45,777円 × 0.85 = 38,910円。レケンビの-15.00%は「加算が大きかったから」ではなく、薬価全体を対象とする方式のもとで下限規制に張り付いた結果でした。差額の25%をそのまま適用すれば-18%を超えていたことになります。
ICERが500万円/QALYとなる薬価が11,663〜16,329円と算出されている点も見逃せません。費用対効果の観点だけで価格を決めれば現行薬価の3〜4分の1になる、という試算が公的分析として公表されているわけです。
⑤ 「レケンビに倣え」— 価格調整範囲の拡大論議
このレケンビの取り扱いは、一度きりの例外では終わりそうにありません。
中医協の費用対効果評価専門部会では、価格調整範囲を加算部分から薬価本体へ拡大すべきかが継続的に議論されています。支払側の松本真人委員(健康保険組合連合会理事)は「加算の範囲にとどまらない価格調整をすべき」と述べ、その具体例としてレケンビ方式を挙げています。「価格調整範囲を拡大することも『価格への納得性』の向上につながる」というのが支払側の立場です。
一方、業界側は慎重です。費用対効果評価は「薬価制度・材料価格制度を補完するもの」であり、範囲拡大は予見可能性を下げ日本市場の魅力を損なうという主張が示されています。
そして注目すべきは、現行の告示自身が別表12の置き換えを予告していることです。
第3章第 12 節の規定は、令和8年4月以降に中央社会保険医療協議会総会に費用対効果評価案が報告された品目に適用する。別表 12 の規定は、別途定める通知が発出された後には当該通知の定めによる。また、上記品目は、当該通知が発出された後に当該通知の定めにより改めて価格調整を行う。
— 令和8年「薬価算定の基準について」(保発0213第3号)第4章第1節(9)
つまり本記事で示した「加算部分のみ」という原則は、別途通知によって書き換えられることが予定されています。本記事の数値は、その転換点の直前を記録したものと読んでいただくのが正確です。
⑥ 拡大されると、誰のリスクが増えるのか
価格調整範囲が薬価全体に広がった場合、影響は全品目に均等には及びません。むしろ逆転します。
現行方式では、引き下げ幅の上限は収載時の加算の大きさで決まります。加算部分割合に最大で0.9(β=0.1)を乗じた値が上限なので、加算を受けていない品目のリスクはゼロです。一方レケンビ方式では、下限が価格全体の85%、つまり加算の有無にかかわらず最大15%です。
薬価ラボが中医協「新医薬品一覧表」から収集した新薬418品目(補正加算の記載があるもの)で、収載時の有用性系加算(画期性加算・有用性加算Ⅰ・Ⅱ)の分布を見ると、次のようになっています。
| 収載時の有用性系加算 | 品目数 | 現行方式での最大引き下げ | 薬価全体方式(下限85%)の上限 |
|---|---|---|---|
| なし | 207品目(49.5%) | 0% | -15% |
| 1〜9% | 127品目 | -0.9〜-8.2% | -15% |
| 10〜19% | 40品目 | -8.2〜-14.3% | -15% |
| 20〜29% | 0品目 | -14.3〜-20.1% | -15% |
| 30〜39% | 15品目 | -20.8〜-25.0% | -15% |
| 40%以上 | 29品目 | -25.7%〜 | -15% |
分岐点は加算20%前後です。
- 加算が10%未満の334品目(全体の約80%)は、現行方式では最大でも8%程度しか下がりません。加算のない207品目に至っては、費用対効果評価を受けても薬価は動きようがない。ここに薬価全体方式が適用されれば、これらの品目が初めて実質的なリスクを負うことになります。
- 逆に加算20%を超える44品目では、現行方式なら20〜28%の引き下げがあり得るところ、下限85%がキャップとして働きます。レケンビが「差額の25%」なら18%超の引き下げだったところ15%で止まったのが、まさにこれです。
つまり価格調整範囲の拡大とは、一律に厳しくなる話ではなく、リスクが「加算の大きい少数」から「加算のない多数」へ移るという構造変化です。医薬品業界が範囲拡大に慎重な理由も、この非対称性を踏まえると理解しやすくなります。
事業開発・導入品評価の観点で言えば、これまで成立していた「大きな加算が取れなかったから、費用対効果評価のリスクは小さい」という読み方が、成り立たなくなる可能性があるということです。
なお、下限85%はあくまで上限側の歯止めであり、全品目が15%下がるという意味ではありません。実際の調整額は「ICERが500万円/QALYとなる価格と現行価格の差額の25%」であり、費用対効果が良好であれば調整は生じません。変わるのは加算の有無がリスクの有無を決めていた構造のほうです。
⑦ 薬価が動かなかった7品目
調整率0%だった7品目のICERを見ると、いずれも低い水準にあります。
| 品目 | ICER(集団1) | ICER(集団2) |
|---|---|---|
| ビンゼレックス | 197万円/QALY | — |
| マンジャロ | 248万円/QALY | — |
| オンデキサ | 273万円/QALY | 463万円/QALY |
| ピヴラッツ | 289万円/QALY | — |
| ポライビー | 332万円/QALY | 663万円/QALY |
| コララン | 354万円/QALY | — |
| カボメティクス | — | — |
ICERが500万円/QALY未満であればβ=1.0、すなわち調整なしという条文どおりの結果です。「評価された=薬価が下がる」ではありません。 費用対効果が良好と判断されれば、評価を経ても薬価は維持されます。
なお、この制度には引き上げの規定もあります。ICERが200万円/QALY未満で、かつ革新性に関する要件(impact factor 15.0超の学術誌への原著論文掲載、新規の作用機序など)を満たす品目はβ=1.25、費用が削減され効果が同等以上でICERが算出できない品目はβ=1.5となり、加算部分が上乗せされます。しかし価格調整率が判明している39件のうち、引き上げが適用された品目は1件もありません。要件が厳しく、実質的に発動していないのが現状です。
⑧ この集計の限界
- 対象は評価結果が公表されている品目に限られます。評価中の16件は今後結果が加わります。
- 価格調整の適用時期が判明しているのは2021年7月以降です。制度は2019年4月に本格実施されており、それ以前に適用された品目は本集計に含まれていない可能性があります。
- 引き下げ率は公表値をそのまま用いており、当社が再計算したものではありません(レケンビの検算のみ、C2H報告書記載の下限規定に基づき確認しています)。
- 個別品目の引き下げ率を加算率から再現することはできません。複数の分析対象集団を持つ品目の加重平均、原価計算方式における開示度の影響などが加わるためです。
- 加算率の分布は、中医協「新医薬品一覧表」の補正加算欄に「A=○%」形式で記載された有用性系加算を集計したものです。記載形式が異なる品目は集計から漏れる可能性があります。
- 「薬価全体方式の上限」はレケンビに適用された規定(下限85%)を当てはめた場合の値であり、今後定められる通知の内容を予測するものではありません。
- 医療機器3件を含みます。医療機器は材料価格の調整であり、薬価とは制度が異なります。
- 制度の記述は令和8年「薬価算定の基準について」(保発0213第3号・令和8年2月13日)別表12に基づきます。上記のとおり、別途通知により変更されることが予定されています。
評価結果・ICER・価格調整率:国立保健医療科学院(C2H)公表の費用対効果評価報告書、および中医協総会資料
レケンビの価格調整方式:C2H「レカネマブ(レケンビ)費用対効果評価報告書」(中医協決定「レケンビに対する費用対効果評価について」令和5年12月13日を引用)
収載時の補正加算:中医協総会「新医薬品一覧表」
制度の規定:令和8年「薬価算定の基準について」(保発0213第3号・令和8年2月13日)別表12
薬価の実績値:厚生労働省「薬価基準収載品目リスト」
薬価ラボでは、費用対効果評価の対象品目について、各薬品ページに評価区分・価格調整率・ICER・C2H報告書へのリンクを掲載しています。次回は、この価格調整がいつ薬価に反映されるのか——年4回行われる調整と年1回の薬価改定がどう噛み合っているのか、そこで生じる読み違えについて扱います。